「AI活用時代のデジタルスキルと人材育成」パネルディスカッション

2025年11月21日、パシフィコ横浜で開催された「EdgeTech+ 2025」において、産官学のリーダーたちが一堂に会し、AI活用時代における新たなデジタルスキルと人材育成のあり方を問うパネルディスカッションが実施されました。

かつての「作り切り」の製品開発から、出荷後も価値を更新し続ける「ソフトウェア・デファインド(ソフトウェア定義)」の時代へ。 そして、AIが日常に溶け込み、人間と共進化する未来に向けて、私たちはどのような「スキル」と「態度」を持つべきなのか。 約90分間にわたり繰り広げられた、示唆に富む議論の全容を詳細にレポートします。

公開日:2026年1月吉日

登壇者プロフィール

八重樫 文 氏立命館大学 経営学部 教授
2026年4月開設予定の「デザイン・アート学部」設置準備に従事
デザインマネジメントの権威
柴崎 美奈子 氏独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
  デジタル人材センター 企画部 特命担当部長
日本のDX人材動向とスキル標準策定の最前線を担う
勝沼 潤 氏日本電気株式会社(NEC)
  コーポレートエグゼクティブ チーフデザインオフィサー(CDO)
デザインを経営戦略の核に据え、企業変革を推進
木暮 圭一 氏KDDIアジャイル開発センター株式会社 代表取締役社長
アジャイルな組織文化とAI活用を現場レベルで徹底
田丸 喜一郎 氏
(モデレーター)
一般社団法人ディペンダビリティ技術推進協会(DEOS協会)副理事長
一般社団法人 人間中心社会共創機構(HCS共創機構)副理事長
かつてIPAにて「組込みスキル標準(ETSS)」の開発に関与

1. イントロダクション
スキル標準を「再定義」すべき転換点

ディスカッションの冒頭、モデレーターの田丸氏は、自身の20年来の経験を振り返りながら、現在の劇的な環境変化を指摘しました。「かつてのETSS(組込みスキル標準)は、製品を開発して市場に出すためのスキル(技術スキル/開発スキル/管理スキル)を整理したものでした。しかし今、自動車のSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)に象徴されるように、あらゆる製品が市場で使われながら進化し続ける『ソフトウェア・デファインド・X』へと変容しています」と田丸氏は語ります。

さらにAIの進展は、人間が担ってきた作業の多くを代替可能にしました。 田丸氏は「AIに獲得させるべきスキル」と、それを前提に「人間が獲得すべきスキル」を両立させてデザインしなければ、これからの社会は回っていかないという強い危機感を示し、各登壇者のポジショニングトークから議論の幕を開けました。

2. デザインマネジメント:
意思決定に「創造性」を取り戻す

立命館大学の八重樫教授は、2026年に新設される「デザイン・アート学部」の構想を通じ、今の日本に必要なのはDXの先にある「CX(クリエイティブ・トランスフォーメーション)」であると提言しました。 八重樫氏が専門とするデザインマネジメントには、2つの重要な側面があります。

1.「製品デザインプロセスのマネジメント」:
従来からある、製品やサービスを作るプロセス自体の管理。

2.「デザインの考え方を用いたマネジメント」:
デザインの持つコンピタンスやスキルを、企業や社会の変革に応用するマネジメント。

ここで八重樫氏が強調したのは、合理的な選択を行う「マネジメント態度」と、問題を再定義する「デザイン態度」のバランスです。 既存のフレームワークにこだわらず新たな意味を見出す「デザイン態度」を、普段の業務(マネジメント態度)の中にいかに意識的に組み込むか。「マネジメント態度」を一言で言えば「意思決定のための態度」であり、既存の選択肢の中から合理的な選択を行う姿勢を指します 。効率性や確実性が求められる現場では、この態度が優勢になるのは極めて自然なことです 。

しかし、合理的な選択を積み重ねるだけでは、社会の根底にある枠組み自体を変革していくことはできません 。物事を本質的に変え、イノベーションを起こすために不可欠なのが、もう一方の「デザイン態度」です 。これは既存のフレームワークにこだわらず、問題を再定義し、そこに新たな意味を見出すという姿勢を指します 。

これまでは「製品デザインプロセスのマネジメント」のように、既存の管理手法をデザインに適用することが主流でした 。しかし、今まさに求められているのはその逆、つまり「デザインしていくというマインドセットや態度を、いかに社会や組織のマネジメントに応用するか」という問いです 。普段マネジメント態度の中で暮らしている方々が、いかにこのデザイン態度の側面を意識し、両者のバランスを自らの中に構築していけるか。それが、これからの人材育成における最大のテーマになると考えています 。最終的に、マネジメント態度とデザイン態度の両者は、高い次元で統合されていくべきもの 。個人や組織の役割によってどちらかが優勢になることはあっても、大切なのは一方のみに固執しないこと。両者の「相互作用」を意識し、双方の視点を持ち合わせた上で、状況に応じて自在に展開・活用できる人材こそが、これからの社会に求められる姿であると思います 。

現在、経済産業省およびIPA(情報処理推進機構)において、情報処理技術者試験の新たな枠組みとして、「デザインマネジメント分野」の人材を評価する検定試験の創設に向けた検討が始まっています 。私はそのタスクフォースの主査を務めており、現在まさに具現化に向けた議論の最中にあります 。 数年後には国家試験という形でお披露目できる予定です 。それは「社会のデザイン基盤」を築くための挑戦であり、デザインの価値を社会に伝えるための重要な営みです 。こうした育成を支える制度を確立することで、日本全体がクリエイティブに変革していくための強力な基盤、あるいは活性化のソースになると確信しています 。 この構想のベースとなる教育拠点として、立命館大学にデザイン・アートに関連する新しい学部・研究科を創設します 。年齢やキャリアを問わず、社会をクリエイティブに変えたいと願うすべての方々とともに、この新しい「態度」を育んでいきたいと考えています 。

3. 日本のDXが直面する
「人材」と「成果」の乖離

IPAの柴崎氏は、「デジタルで豊かな社会」の実現に向けた人材育成の推進を担い、「デジタルスキル標準(DSS)」の要点を以下のように解説しました。

● DSSの構造: 全てのビジネスパーソンが備えるべき「リテラシー標準」と、DXを推進する専門人材を定義した「DX推進スキル標準」の二本柱で構成。

● DX推進人材: 5つの類型、15の役割に分類、これらは互いに連携し変革を推進する事が重要視される。

デザイン人材:コンセプトを明確化する「サービスデザイナー」、体験価値を軸とする「UX/UIデザイナー」、そして「グラフィックデザイナー」。各ロールには担う責任とスキルの重要度を明示。また、最新のDX動向調査に基づき、日本企業が直面する課題を多角的かつ簡潔に分析しました 。

日米独の比較と人材不足:85%の企業が人材不足を感じ、必要な「人材像」を具体的に設定できておらず、習得した先端スキルを実際の業務に活かせていないという構造的な課題があります 。

「守り」から「攻め」の成果へ:日本はコスト削減や業務効率化(守りのDX)に偏り、米独企業は売上増や顧客満足度の向上といった「バリューアップ(攻めのDX)」を主目的として成果を上げています 。

変革を阻む企業文化:日本企業の自己評価は欧米企業に比べて低い傾向にあります 。

デザイナーの役割と期待:専門人材の中では「ビジネスアーキテクト」の不足が顕著ですが、顧客起点で価値を創造する「デザイナー」の認知向上も大きな課題です 。デジタルスキル標準(DSS)においてデザイナーは、関係者をユーザー視点へと導くコミュニケーション能力を期待されています 。

価値創造と変革を牽引する「デザイン」の力

複雑化する社会課題の解決や、ものづくりにおける競争力の源泉として「デザイン」が果たす役割について、以下のように述べました。

これからのDX推進には、専門人材だけでなく、組織の壁を越えて知恵をつなぎ価値を創造する「デザイン思考」を全社員の基礎素養(マインドセット)とすることが不可欠で、こうしたマインドは、硬直化した組織プロセスや企業文化を変革していく強力な担い手として期待されています 。

ものづくりにおける競争の軸は「性能」から、顧客が享受する「体験価値」へと移行しており、人とAI、機械が共に進化する時代において、顧客価値を共通言語にするデザインマネジメントが重要 。

DXを成功させるには、個人のスキルアップだけでなく、トップによる明確な戦略提示が不可欠で「DX認定」等の表彰制度を通じて経営層への啓発を強化しており、トップダウンの戦略と個人のマインドセット醸成の両面から取り組みが必要 。

柴崎氏は、デザインの考え方を「しなやかに組織の壁を越えて知をつなぐ変革の推進力」と定義し、製造業を含むあらゆる産業におけるデザインマネジメントの重要性を訴えました。

4. 経営戦略としてのデザイン:
NECの企業価値を4.5倍にした「姿勢」のデザイン

経営戦略としてのデザイン:NECの126年を支える変革のDNA

NECは創業から126年、時代の要請に応じ自らを変容させてきた「社会価値創造型企業」です。現在はパソコンメーカーのイメージを超え、AI、セキュリティ、生体認証を強みとする「DXリーディングカンパニー」として社会インフラを支えています。

チーフデザインオフィサー(CDO)の勝沼氏は、BtoB企業としての特性を活かし「すべての企業コミュニケーションをブランド構築の機会と捉えデザインする」戦略を提唱しました 。現在は経営企画部門にて、ブランド戦略、広報、デザイン基盤管理、ブランド価値分析を統括する体制を構築しています 。

企業価値を最大化する「デザインの四象限」

技術を企業価値へ変換するため、以下の四つのカテゴリーでデザイン活動を実践しています。

経営トップのコミュニケーション:社長を企業の姿勢を伝える媒体と捉え、対話を通じてメッセージを研ぎ澄まし、ビジュアルで明確化します。

マーケティングコミュニケーション:DXブランド「Bluestellar」等を通じ、AIとセキュリティに強いNECのイメージを醸成します。

製品・サービスのデザイン:世界一の生体認証等の最先端技術を、ユーザー体験(UX)へと昇華させます。

基盤作り・教育:ビジュアルアイデンティティ(VI)の浸透に加え、全社員が「デザインの活用方法」を理解するための教育を推進します 。·

成果:
パーソナリティ、ブランディング、イノベーションの融合

これらの活動を通じ、「企業の姿勢(パーソナリティ)を定める」「信頼されるブランドを構築する(ブランディング)」「新たな価値を創出する(イノベーション)」を同時に推進しています。結果、NECの時価総額は勝沼氏の入社以来、約4.5倍に拡大しました。同氏は、製品デザインと企業自体のデザインを同時に進めることが「稼ぐ力」に直結すると総括しています。

また、「デザイン態度をマネジメントに、マネジメント態度をデザインに」という双方の視点を取り入れた活動について、勝沼氏は「その通り」と肯定しました。企業の実態として両立の難しさは認めつつも、ここ数年で着実に成果が出始めているという実感を語っています。

5. アジャイルとAIが「溶け込む」組織文化

木暮氏は、エンジニアだけでなくバックオフィス部門(経理、総務、人事等)を含む全社で一週間単位のサイクルを回す「全社アジャイル」と、AI活用の本質について次のように語りました。

価値創造を最大化する組織と仕組み

価値を構想するデザイナーと、それを実装するエンジニアが組織内に共存し密接に連携することが重要であり、持続的なDXを支える四要素(クラウド、アジャイル、AI、データ)が噛み合うよう、業務プロセス、ビジネスモデル、そして組織文化そのものをDXに適応させる「仕組みづくり」こそが本質です。

先端技術アセットを持つ企業群が結集し、ビジネス価値を最大化できるよう、 トップダウンとボトムアップ双方が機能し、人間中心で技術を尊重しながら仮説検証を高速に回す組織を目指しています 。

AI時代におけるアジャイル組織の「自走」を促す決断と、人間中心のAI活用(HCAI)

経営判断の際、判断材料が40%揃った段階で決断を下すと宣言することで、現場が躊躇なく提案を上げられる環境を作っています 。また、 心理的安全性を土台に権限委譲を徹底した「自由と責任の文化」を構築することで、チームが自走して価値に到達することを目指しています 。

そして、「人間を中心にAIをいかに溶け込ませるか」というHCAI(Human-Centric AI)の考え方を重視し、業務プロセスそのものにAIを融合させています。AIを業務に「溶け込ませる」ことで、生まれた時間を付加価値創造や「楽しむ」ことに充て、個人の市場価値を高めていきます。

AI時代のデザイナー像と、人とAIを繋ぐ組織文化

デザインの本質として大切なのは「人間中心設計(HCD: Human Centered Design)」「チームでの情報共有」「迅速な仮説検証」の3点です 。また、AIを単なるツールではなく、アイディアの壁打ちや教育を共に行う「相棒」と位置づけ、その進化を成長のチャンスとして楽しむ文化を推奨しています 。インタビューや資料作成など、デザインのあらゆる活動にAIを組み込み、活用しないことが逆に「窮屈」に感じるほどの環境作りを進めています 。

さらに、AIの冷たさを補完するため、手書きの「グラレコ(グラフィックレコーディング)」を併用し温かみのある共創(アナログとの融合)を目指したり、AI活用の一例として、上司の行動変容を把握し壁打ち相手となる「A-Boss(エーボス)」を開発 、AIが人と人を繋ぐことで、コミュニケーションを深めるプロダクトを生み出しています 。

変革の壁を乗り越える「楽しむ文化」

新しい取り組みを推進する際、最大の課題は全社員が最初から前向きなわけではないという点です。この課題に対し、私たちは「ペアプロ・モブプロ」といったチームでの共同作業を通じ、ツールを活用せざるを得ない環境をあえて構築しています 。導入の苦労を「楽しみ」に変え、チーム全体で成長を享受する文化を基盤に据えることで、社員の意識の底上げを図っています 。生成AIの進歩は非常に早いですが、誰でもすぐについていけるようになります 。焦る必要はなく、今日から始める「いつ始めても遅くない」ことが重要だというメッセージを強調しました 。

6. パネルディスカッション

パネリストによるディスカッションの後半、話題は新設される「デザインマネジメント」資格の社会的意義と、企業における「デザインの民主化」の現実に移りました。デザイナーではない人々がデザインの力を手にした時、組織にどのような変革が起きるのか。

産官学それぞれの視点から語られた、非常に濃密な対話の記録です。

デザインマネジメントの社会実装
― 非デザイナーが「デザイン」を武器にする時代

1. 資格試験が目指す「デザインの社会的地位」の確立

田丸: 八重樫先生がリーダーとなって進められているデザインマネジメント分野の新たな資格制度ですが、この試験が世に出る際、最も重要な「ポイント」や「狙い」はどこにあるのでしょうか。

八重樫: 一番のポイントは、デザインを「社会的に位置づける」ことにあります。これまでは「デザインはプロのデザイナーがするもの」という認識が一般的でした。しかし、この制度のベースにあるのは、デザイナーではない職種の人たちがデザインの力を正しく理解し、使いこなせるようになることで、企業や社会そのものを変えていこうという発想です。

ですから、この試験は従来のデザイナーの方々はもちろん、むしろデザイン部署以外の方々にこそ受けていただきたいと考えています。組織のあらゆる場所でデザインの力が活用されるようになれば、より良い社会の実現に近づけるはずです。

田丸: 非デザイナーがデザインを学ぶことで、組織のあり方も変わってきそうですね。例えば、先ほど木暮さんがおっしゃった「デザイナー1割、エンジニア7割」といったような、一体となった組織体系を一つの理想像としてイメージされているのでしょうか。

八重樫: そうですね。ただ、一方で「デザイナー以外がデザイン力を高めていく」という話が、あまりに理想的に聞こえすぎるのではないか、という懸念も持っています。実際に企業の中で非デザイナーがデザインを武器にしたとき、何が起こるのか。新たなマネジメント上の課題も出てくるはずです。そこで、実際に10万人規模の組織を抱えるNECの勝沼さんや、アジャイルの最前線にいる木暮さんに、こうした「デザインの民主化」が企業で本当に可能なのか、実態をお聞きしたいです。

2. 大組織における「デザインの捉え方」

勝沼: 八重樫先生の懸念も理解できますが、私は非常に良い方向性だと思っています。NECには10万人の社員がいますが、全員をデザイナーにすることは物理的に不可能です 。しかし、「デザイナーではない人たちが、デザインの知識や活用の仕方を身につける」という文脈は、経営の観点からも非常に意義があります 。デザインの力をうまく活用できる人材や企業が増えていくことは、日本の産業界全体にとってプラスになるはずです 。

柴崎: 私も一言添えさせてください。今、世代によって価値観が大きく変化しています。特に若い世代は「社会課題に対して自分に何ができるか」という思いを強く持っています 。大企業の中では、時に既存の殻を破れず閉塞感を感じることもあるでしょう。そんな時、デザインの考え方は、彼らにとっての強力な「武器」や「力添え」になり得ると感じています 。IPAとしても、デジタルスキル標準(DSS)のマインドスタンスにこうした要素をしっかり組み込んでいきたいと考えています 。

田丸: 頼もしいですね。そのうちIPAの名前も「デザイン」を冠したものに変わるかもしれません(笑)。実際に現場でデザイナーとエンジニアが同居して動いているKDDIアジャイル開発センター(KAG)では、非デザイナーのデザイン教育をどう捉えていますか。

木暮: 弊社では、チラシにもある「HCD(人間中心設計)基礎検定」を全社員が受験するようにしています 。私たちの目的は「ものを作ること」ではなく「価値を生み出すこと」です 。ですからエンジニアに対しても、「価値がないと判断したものは作ってはいけない」と伝えています 。これからのDX時代に求められるフルスタック人材とは、事業開発(BizDev)、デザイン、エンジニアリングの全てを越境して理解できる人です 。逆にデザイナーもエンジニアリングを理解すべきであり、その垣根は生成AIという強力な武器によって、今後さらに溶けていくでしょう 。誰もが「DXの申し子」になれる時代が来ていることに、非常にワクワクしています 。

田丸: KAGという先進的な単位では可能かもしれませんが、親会社を含めたグループ全体のような巨大な組織への波及については、どうお考えですか。

木暮: グループ全体となると数万人規模ですので、全社員に浸透させるのは容易ではありません 。まずはeラーニングなどを活用して広めていますが、最終的には「デザイン、つまりUXやCX(顧客体験)を理解しなければ、これからの会社は生き残っていけない」という切実なメッセージを、粘り強く伝えていくしかないと考えています 。

3. 教育の鍵は「デザインが個人の成果にどう結びつくか」

田丸: NECさんも非常に大きな組織ですが、デザインの全社浸透においては、どのような苦労や工夫があるのでしょうか。

勝沼: トップダウンとボトムアップ、両軸からのアプローチが不可欠です 。例えば、新しいビジュアルアイデンティティ(VI)を定めて「これを使ってください」とだけ言っても、現場の社員は動きません。その「価値」が分からないからです 。

大切なのは、文脈の構築です。「このデザイン要素を使い、このような表現で打ち込みを行うことで、あなたの営業成績が上がりますよ。」というように、デザインを活用することが個人の具体的な成果にどう結びつくのか 。そのような「自分にとっての価値」とセットで教育を進めていくことが、巨大な組織を動かす鍵になると実感しています 。

4. AI時代の教育ロードマップ:「学生」の定義を再考する

田丸(モデレーター): 企業側でこれほどダイナミックな取り組みが進んでいくとなると、当然、その担い手を輩出する大学側の姿勢も問われることになります。学生に対し、どのようなレベルまで教え込み、どのような状態で社会に送り出すのか。その点について、大学としての具体的なロードマップをどのようにお考えでしょうか 。

八重樫: 非常に重要な問いですが、まず前提として、単にカリキュラムを微調整するような話ではなく、大学自体の「ビジネスモデル」そのものを根本から問い直さなければならない時代に来ていると感じています。 ロードマップを描くにあたり、私たちがまず直面すべきなのは、「学生とは一体誰のことか」という定義そのものの再考です。

田丸さんのご質問の中には、暗に「高校を卒業したばかりの18歳から22歳までの若者」という学生像が含まれているかと思います。多くの大学がこれまで、この層を主要な教育対象とし、また経営上の大きな収入源としてきたのも事実です 。しかし、本日の議論を総括すれば明らかなように、この激変するAI活用の時代において「学ばなければならない」のは、決して特定の若年層だけではありません。私たち大人も含めた「全員」なのです。

新しい技術や、それに伴うスキルの変化が、一体どのような意味を持ち、社会にどのような価値を生み出すのか。これについては、まだ私たち自身も正解を知らない、暗中模索の状態です。そうした未知の領域に対して、教育や学びを社会全体で引き受ける器こそが、これからの大学のあるべき姿ではないでしょうか。

従来の「高校卒業後の次のステップ」というだけの位置づけを超え、社会の新しい動きを研究し、その成果を迅速に社会へ還元していく。そして、年齢や現在のスキルに関係なく、新しい価値を生み出せる人材を絶えず輩出し続ける。そのような、時間や世代の制約から解き放たれた「年齢不問の教育モデル」を構築していくべきだと考えています。

田丸: 「学生」を新卒の若者だけに限定しないという視点、非常に共感します。本日、慶應義塾大学の白坂成功先生も別会場で講演されていますが、彼の学部も、今やそのほとんどが社会人学生だと聞いています。一度社会に出た後に、自らの課題感を持って再び学びの場へ戻ってくる人々が、学びの主役になっているわけですね。

八重樫先生が構想されているのも、まさにそうした「生涯を通じた学び」のプラットフォームとしての大学であり、単なる「新卒供給機関」としての役割を超えたところにある、という理解でよろしいでしょうか。

八重樫: その通りです。大学が社会の変革に同期し、あらゆる世代に対して価値を提供し続ける存在へと進化していくこと。それが、私たちが描くべき教育のロードマップだと確信しています。

5. 政府・IPAが主導する「攻め」のDXとデザインの力

田丸(モデレーター): 企業の変革を加速させるためには、やはり政府やIPA(情報処理推進機構)といった公的機関が、指針となるようなアプローチをもっと積極的に打ち出していくべきではないかと感じています。その点、現状の取り組みや今後の手応えはいかがでしょうか。

柴崎: 期待を寄せていただき、大変ありがたく思います。一方で、我々からの発信がまだ十分ではないという自省の念もございます。 現在、IPAでは企業の「DX認定」制度の推進をはじめ、デジタルスキル標準(DSS)の策定、学習プラットフォームの提供、さらには情報処理技術者試験の抜本的な改定など、多角的な施策を展開しています。 今や世界中で、AIを核としたビジネスモデルへの転換が競争の主戦場となっており、我々もその動向を捉え、より強力に施策を推進していきたいと考えています。

田丸: IPAが明確に旗を振ることで、多くの日本企業がその動向に追随し、動き出すのは紛れもない事実です。ぜひ、これまで以上に積極的なリードをお願いしたいところですね。

柴崎: 承知いたしました。本日議論してきた「デザインの考え方」も、まさに我々が注力すべき取り組みの一つだと捉えています。 先ほど紹介されたKDDIさんの事例のように、組織の風土改革が進まないといった課題に対し、心理的安全性の確保や、個人の業務と企業のビジョンを擦り合わせるコミュニケーションは極めて有効です。 「知と知を接合し、既存の境界を越えていく(越境)」というデザインのアプローチは、これまでの日本には欠けていた視点かもしれません。だからこそ、こうしたマインドセットを広める機運を、皆様と共に醸成していければと願っています。

田丸: IPA自体のマネジメントにもそうした「デザイン態度」が取り入れられていけば、日本のDX推進はさらにスムーズに加速するかもしれませんね(笑)。

6. AIと人間の「共進化」:デザイン態度で描く2035年の社会像

あらゆるフェーズに浸透するAIと「デザイン態度」の重要性

田丸: 本展示会でも「AIの活用」は極めて重要なテーマです。開発や業務効率化はもちろん、製品への組み込み、さらにはDevOpsにおける運用データの解析など、AIの活躍の場は多岐にわたります。しかし、技術を使いこなす上では、やはり「デザイン態度」が鍵になると感じています。NECさんやKDDIさんでは、組み込みシステム開発の現場において、AI活用はどのようなフェーズに入っているのでしょうか。

木暮: KDDIグループではドローンなどの組み込み系プロジェクトも多く、AIは日々進化を続けています。特に、10年後を見据えた「本格的なフィジカルAI時代」にどう対応していくかは極めて重要です。単に技術を導入するのではなく、AIの進化によって「何をより便利にできるか」を問い続ける姿勢こそが大切だと考えています。

勝沼: NECではAIソリューションそのものを外販していますが、面白いのは「製品サービス」の枠を超えた活用です。我々自身が続けてきた「企業変革」のシナリオそのものをAIでソリューション化し、提供するといった、非常に「AIネイティブ」な取り組みが進んでいます。

7. 「超・自分」を生み出す、人とAIのコンヴィヴィアルな関係

勝沼:もう一つ重要なのが「AIと人との関係性」の探求です 。私は東京大学先端科学技術研究センターのアドバイザーとして、「人とAIのコンヴィヴィアル(自立共生)な関係とは何か」を研究しています。AIを仲間にすることで、個人、組織、そして国という単位で、自分を超越した「超・自分」が作られていく。これは恐れることではなく、非常に楽しみな未来ではないでしょうか。

八重樫:勝沼さんがおっしゃった視点は、大学教育にとっても非常に重要です。現在はまだ「人間がAIをどう活用するか」という主体的な議論が中心ですが、これからは「AIによって私たちはどう変わるのか」「AIに活用される私たち」という側面まで含めたビジョンが必要です。 単なる機能的な有効性の議論ではなく、AIを含んだ社会が何を生み出すのかという「問い」にシフトすべきです。もちろん現場では「学生がAIを使って同じレポートを出してきたらどうするか」といった切実な課題もありますが、こうした高い次元での議論を止めてはならないと感じています。

8. なぜDX人材像に「AI」という単独の役職が存在しないのか

田丸:柴崎さん、IPAの提唱するDX人材像(ビジネスアーキテクト、デザイナー等)の中には、実は「AI」という独立した言葉が入っていません 。これはどう捉えればよいのでしょうか。

柴崎:それは、AIが特定の誰かの持ち物ではなく、すべての業務、組織、ビジネスプロセスに入り込み、あらゆるものを変えていく存在だからです。AIは単一の人材像に収まるものではなく、全方位に浸透するものです。 重要なのは「リテラシー」です。AIを恐れる対象としてではなく、共に使い、共に進化し、組織も成長させていく。その向き合い方としてのスタンスこそが、DX人材にとって最も重要な素養だと考えています。

9. 結び:次の一歩 ― 未来を切り拓く各氏からのメッセージ

ディスカッションの締めくくりとして、パネリスト全員から、AI活用時代を生きる私たちに向けた熱いメッセージが贈られました。

八重樫 文 氏:デザイン態度を「マインドセット」へ

「本日は、意思決定のための『マネジメント態度』と、新たな問いを立てる『デザイン態度』の両立についてお話ししました。私たちが最初の一歩として取り組むべきは、この『デザイン態度』を単なる手法ではなく、すべての人が持つべき『マインドセット』として意識することです。デザイナーではない職種の人たちが、しなやかにデザインの力を活用し、AIとともに新しい時代を作り上げていく。そのスタンスを一人一人が持つことが、より良い社会の実現に向けた最大の原動力になると信じています」

柴崎 美奈子 氏:多様な知を接合し、組織の殻を打破する

「IPAの活動に改めて注目いただき感謝しています。現在の課題は山積していますが、それをみんなで乗り越えていく『ムード』を作ることが何より大切です。特に注目したいのは、しなやかな発想を持つ女性の活躍です。AIの応用分野においても女性の研究者や実務者が増えており、その新しい視点が組織の殻を破る武器になるはずです。今後も経産省やデジタル庁と連携し、皆様が人材育成に活用できるプラットフォームや試験制度の改革を積極的に発信して参ります。ぜひ、この変革の機運を一緒に広げていきましょう」

勝沼 潤 氏:すべての変革に「+AI」を

「AI活用時代の人材育成において、NECは『すべての変革に、+AI』というメッセージを大切にしています。一歩目として何より重要なのは、何かを成し遂げよう、あるいは変革を起こそうと思った瞬間に、当たり前のようにAIを選択肢として置いている状態を作ることです。それはAIを特別視するのではなく、自らの可能性を拡張する仲間として捉えることです。一足飛びに大きなことを成そうとするのではなく、日々のあらゆる挑戦にAIをプラスしていく。その積み重ねが、やがてAIネイティブな強靭な組織へと繋がっていくはずです」

木暮 圭一 氏:AIを「溶け込ませ」、自身の価値を進化させる

「私はAIが当たり前に存在し、使っていることすら意識しない『溶け込んだ世界』を目指しています。AIに仕事を奪われることを恐れる必要はありません。AIが定型的な業務を肩代わりしてくれることで、私たちはより多くの時間を、人間にしかできない価値創造や自己研鑽に充てることができるようになります。大切なのは、AIを使って『どうなりたいか』というポジティブなメッセージを組織全体で共有することです。AIを拒絶せず、自らの市場価値を高めるチャンスとして楽しむ。その姿勢こそが、DX時代の成功への鍵となります」

田丸氏は「自分が嫌なことはAIに任せ、自分は楽しいことに集中する。そうすれば仕事はもっと楽しくなる」と、AIとの理想的な共生関係を語り、セッションを締めくくりました。

AIを恐れるのではなく、自分を拡張し、社会をより良くするための「最強のパートナー」として迎え入れる。そのための「デザイン」と「アジャイル」な態度こそが、AI活用時代のデジタルスキルの正体なのかもしれません。

パネルディスカッション番外編:AI時代のガバナンス

ディスカッションの冒頭、モデレーターの田丸氏から来場者に向け「ご質問をお受けしたい。」と問い掛け、会場の平沢尚毅教授(小樽商科大学)が応じました。

平沢氏からは「AIをコントロールするための組織的なガバナンスとルール作り」について木暮氏に質問が投げかけられました。 これに対し木暮氏は、「AI CoE」という専門チームを設け、インフラからルール策定までを一括管理していると回答。「危ないAIは使わないことを徹底しつつ、最新情報のキャッチアップを絶え間なく行う試行錯誤の連続である」と、安全性を優先しながらも攻めの姿勢を崩さない体制の重要性を説きました。