「HCDを共通言語に──アピリッツが進めるサービスデザインと人材育成の実践」

一般社団法人人間中心社会共創機構の早川です。本日はよろしくお願いいたします。

株式会社アピリッツで採用と文化醸成を担当しております、植田実(みのり)と申します。本日はよろしくお願いいたします。

同じく株式会社アピリッツで、WebコンサルタントとしてサービスデザインやUXデザインなどを主に担当しております藤崎光(ひかる)です。よろしくお願いいたします。

1.アピリッツの事業と強み

はじめに、アピリッツ様の事業概要やプロダクト・サービスの特長について、ご紹介いただけますか。

株式会社アピリッツは2000年に設立された企業で、主に以下の3つを軸に事業を展開しています。

 ● Webビジネスソリューションの提供
 ● オンラインゲーム開発・運営
 ● Web・ゲーム分野のデジタル人材の派遣

2025年7月時点で単体約660名、連結で約880名の従業員規模となっており、年々拡大を続けています。

3つのセグメント、Webソリューション、デジタル人材派遣、推しカルチャー&ゲーム

Webビジネスソリューション領域では、主にWebシステム開発やデザイン制作・デジタルマーケティング支援などをチーム体制で支援しています。システム刷新、新規サービスの立ち上げ、システム内製化支援まで、幅広く対応しており、大小約200プロジェクトが常時稼働しています。

当社の特徴は、戦略・分析から企画、設計、実装、運用、改善(PDCA)まで一気通貫で支援できる体制にあります。社内の約半数を占めるエンジニアに加え、コンサルタント、マーケター、アナリスト、デザイナーが連携し、ビジネスとユーザー体験の両面からプロジェクトを推進できる体制を整えています。

社員構成としては、エンジニアが多いと伺いましたが、デザイナーの方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。

デザイナーは専門の部署がありまして、約30名ほど在籍しています。コンサルタントも加えると、約60名の規模でデザイン・UX・コンサルティング領域を支えています。

2.理想的なチーム編成とプロジェクトの進め方

素晴らしいですね。そういった動きが必要だということが、現場で自然に認識されてきたというのは、とても大きなことだと思います。あらためてアジャイル開発とデザイン思考の関係性やデザイン組織立ち上げにについてお聞かせいただけますか?

お客様の事情やプロジェクト規模によりさまざまですが、当社としてのよくご提案させていただく形は、コンサルタントやUXデザイナーがサービスデザインや施策立案を行い、デザイナーとエンジニアが実現を担当する形です。

開発のプロジェクトであっても、作成する機能や画面が定まり切っていないプロジェクトではコンサルタントやUXデザイナーがワイヤーフレームで画面イメージを作成することが多いです。画面イメージを通して機能や設計の合意を図るため、「デザイン先行型の要件定義」と内部的には呼んでいます。

この体制をとることで、ユーザー体験やビジネス視点で実現したいことと、技術視点で開発手法や実現できることの観点をバランス良く取り入れながら、クライアントと一緒にサービスを育てていく進め方がしやすくなります。

3.「デザイン先行・プロトタイピング」導入のきっかけ

2015年前後で既に「画面イメージをパワーポイントで軽く作る」という取り組みが自然発生的に社内にありました。その下地もあり、3年後くらいからだんだん「新しいサービスを検討しているがどのような機能にするべきか?から一緒に検討して欲しい」「新サービスを考えているがまずは市場の反応を伺いたいので最小限の機能を一緒に考えて開発してほしい」というご相談をいただくことが増えていきました。

このような不確実性の高いプロジェクトにおいて「画面デザインを作る」だけではなく、新サービス全体としてどのような体験が実現されるべきかを考えるデザイナーの必要性が浮かび上がりました。

デザイナーがワイヤーフレームを使ってユーザー体験を専門的な視点から設計し、機能要件化する、議論するためのビジュアル化をするといったスタイルを試したところ、クライアントとの認識合わせに非常に有効だと分かりました。

また、開発案件でトラブルに繋がる大きな要因として、

 ● クライアントと当社のイメージのズレ
 ● 「言った・言わない」「当然含まれていると思っていた」という齟齬

がありました。

後戻りできないタイミングになってから気づくのではなく、ワイヤーフレームやプロトタイプでズレを早い段階で発見する方が安全だと考え、この手法を本格的に広げていきました。結果的に、ここ7〜8年でこのやり方が当社内でかなり浸透してきています。 

4.「早く安く作ってほしい」への向き合い方と社内での工夫

一方で、「とにかく早く、安く作ってほしい」というクライアントもいらっしゃると思います。そうした場合でも、開発上流でのプロトタイピングの価値をどのように伝えられているのでしょうか。

十分ご理解をいただけない場合でも、社内の認識統一のためにでもワイヤーフレームを作成することがよくあります。

納品物としては扱わない前提で自由帳やホワイトボードレベルで、デザイナーとエンジニアの間で一度ビジュアルを共有は必ずしています。そうすることで、「デザイナーが良かれと思って追加したUIが実はかなり開発的に高コストだった」「PMとエンジニアのイメージしている機能に認識齟齬があった」といった内部にあるトラブルの種を未然に防ぎます。

クライアントとの認識を合わせる以前に、まずは社内で共通イメージを持つことがトラブル防止の第一歩だと考えています。

5.ユーザー理解の方法と今後の展望

共通認識をつくるためには、エンドユーザーの利用状況の理解が不可欠だと思いますが、その点はどのように取り組まれていますか。

本格的なユーザーインタビューなどを実行する体制は整ってきているのですが、現状では工数面で実施することができていません。

その中でもあまり工数をかけずに最大限利用状況を理解するために行っているのは、ユーザーと日々接している社内の方にヒアリングを行うことです。

具体的には、

 ● ECサイトであればカスタマーセンターの担当者をお呼びする
 ● 実店舗を持つ企業であれば、店舗スタッフに直接話を聞きに行く

などを通して、ユーザー像を想定し、「この想定ユーザー像は実感値としてどうか」「こういう行動パターンは実際にあるか」といった確認を行っています。

現在はユーザーインタビューができる人材を採用・育成が進んできているので、実際のユーザーインタビューなどにも広げていき、インサイト発見まで含めて取り組んでいきたいと考えています。

6.プロトタイプの評価と身近なテストの重要性

作り込んだプロトタイプや画面が、競合や従来のものより使いやすいか、UXの価値はどうかなどの評価は、どのようにされていますか。

プロトタイプ評価に対しても、
 
 ● 実際にユーザーと接しているクライアント側担当者に触っていただく
 ● 社内で「実際のユーザーになり得る人」を集めて操作してもらう

といった形で簡易的に評価することは最低限の努力として奨励しています。 

本当にリアルなユーザーそのものとは言えない部分もありますが、それでもプロジェクト外の人に触ってもらうことは非常に重要だと感じています。

7.HCD・UXの社内浸透の経緯

アピリッツ様が、使いやすさやユーザー体験価値に本格的に着目しはじめた経緯や、HCDの考え方が社内にどう広がっていったかを教えてください。

7〜8年前のお話になりますが、私自身が大学での専攻がもともとユーザーエクスペリエンスデザインだったので、HCD-Netに論文を出すような環境におり、人間中心設計やUXの考え方には親しみがありました。

当社は制作会社という性格上、「案件がないと新しい手法を試しづらい」という側面がありますが、私はHCDを納品物やプロジェクト進行手法ではなく、“考え方・マインドセット”そのものとしてデザインチームにインストールしていけるのではないか?捉えていました。

そこで、デザイン部署やコンサル部署などで週1回行われている勉強会の中で、自分の担当回では少し拡大版のような形で、

 ● 人間中心設計とはどういう考え方なのか 
 ● HCDやUXの手法にはどのようなものがあるか

を集中的に解説する講座を実施しました。その内容を資料としてまとめ、新しく入社したメンバーに読んでもらう研修体制など、地道に考え方を広めていきました。 

最近では、HCD専門家のウメムラさんがジョインされたことで、その活動をエンジニアをはじめとした非デザイナーにも広げる動きが加速しています。HCD基礎検定の受験推進や、オープンカレッジでの勉強会などを通じて、「HCDは特定の専門家だけのものではなく、サービスに関わる全員が知っていて損はない考え方だ」という認識を、全社的に醸成している状況です。

ウメムラさんの参画により、「ユーザー目線を通じてプロジェクトの上流を意識しよう」という流れが一層加速しました。会社としてはそれを資格制度という形でも支援し、HCD基礎検定を社内認定資格に追加しました。

また、アピリッツの新人教育プログラム「ウェブ・ブート・キャンプ(WBC)」の特別編として各部署から講師を招き、​​WBCカレッジという形で、部署や職種を限定しない全社員を対象とした勉強会を設け、エンジニアやバックオフィスなど、さまざまな職種の社員が毎月参加しています。これが、HCDへの興味や受験のきっかけづくりに大きく貢献していると感じています。 

8.HCD基礎検定の全社受験とその効果

HCD基礎検定を受験された方へのアンケートも実施されたと伺っています。どのような結果で、受験前後での変化についてお聞かせください。

合格者は103名で、エンジニア、デザイナー、コンサルタント、バックオフィスと、幅広い職種のメンバーが取得しています。

受験背景としては、

 ● 報奨金制度による会社からの後押し
 ● 職種横断の勉強会や、オープンな場での情報発信

があり、「HCDについてよく知らなかった人も受けてみよう」と思える雰囲気ができたことが大きいと感じています。

アンケート結果からは、

 ● 「知らない」状態から「説明できる・実践できる」に近づいた人が大幅に増えた
 ● 他職種との共通言語としてHCDの考え方が使えると感じる人が増えた
 ● 実践に取り組む際の心理的ハードルが下がった

といった変化が見られました。理解度についても約7割が「理解できた」と答えており、知識の習得だけでなく、「やってみよう」という意識の転換が起きていると捉えています。

経営側が「やりましょう」と言うだけではなく、藤崎さんやその他UXやHCDに対して感度の高い現場の方々が勉強会や対策会を開いてくれたことが非常に大きかったです。

Slack上でAIのbotが「一日一問一答」を出題し、それに対してメンバーが自由にコメントしていく形でHCDの用語や考え方を楽しみながら学べるように工夫されていました。そうした楽しく学べる発信が、気軽な学習に繋がり、多くの人の目と心を引きつけていたと思います。

試験前には、動画を見ながらお酒を飲みつつ、「ここの言っていることって実際のプロジェクトだとどこかな?」や「ここ分かりづらいよね」と話し合う勉強会もしました。たまにウメムラさんが入ってきて実践的な解説をしてくれることもあり、リラックスした雰囲気で学べる場になっていました。

9.HCDがもたらした“考え方”の変化

変化は確かに感じます。例えば、以前は「グラフィックを作る仕事をしていきたい」と言っていたデザイナーが、

 ● 「このページに来る前にユーザーは何をしていて、何を期待しているのか」
 ● 「対象ユーザーの前後の行動や感情を踏まえると、この画面ではこういう体験が必要なのではないか」

といった発言をするようになりました。

また、エンジニアの中にも「もともとこういうことを現場感覚で意識していたけれど、HCDを学んでみたら、自分の興味はまさにここだったと気づいた」という声がありました。

もともと現場の知見からあまり意識せず行っていた工夫が、

 ● 「これはプロトタイピングだったのか」 
 ● 「これがHCDでいうこのプロセスなのか」 

と、体系的な知識と結びついたことは大きいと思います。

10.人事制度・資格支援としての位置づけ

HCD基礎検定に対する会社の制度的な支援について教えてください。

HCD基礎検定については、社内認定資格として新たに追加し、

 ● 受験料の会社負担
 ● 資格手当(報奨金)

を用意しました。

アピリッツは「デジタル人材を輩出する」ことをミッションの1つとして掲げており、社員一人ひとりの市場価値を高めることを会社として強く後押ししています。HCDに限らず、IPAやAWS関連などさまざまな資格支援制度も整えています。

また、デザイナー採用の募集要件としても、「なお良しスキル」としてHCD基礎検定やUI・UX関連資格の取得・学習を明記し、HCDに関心を持つ人材とのマッチングを加速させたいと考えています。

11.HCDを組織文化として残すための仕組み化

藤崎さんやウメムラさんのようなキーパーソンが頑張っているだけでなく、組織として定着させる仕組みについてはいかがでしょうか。

一つは、私が担当した勉強会の内容を正式な研修プログラムとして組み込んでいることです。プロトタイプとは何か、ワイヤーフレームをどう使うかといったさまざまな考え方や取り組み方に関する内容を資料にまとめ、デザイン部署の研修として残しています。これに沿って「初めてのワイヤーフレーム」を作るトレーニングも行っており、文化として次世代へ繋げられる様な仕組みにしています。

また、各部長やPMが集まり、案件ごとにリスクや認識齟齬の可能性を挙げ、それをどう解消するかを議論する活動もしています。ここでも、ユーザー目線で合意形成を図ることの重要性が共有されており、部長陣からもHCDの考え方を浸透させていく動きがあります。

さらに、社内Slack上でHCD基礎知識を定期的に流すBotを作り、HCDの用語やトピックを流し、それに私がコメントをつける活動もしていました。「ダイアリー法で検索したら前々から協業している会社さんの記事がヒットした」「ジャーニーマップってUXの手法で語られること多いけど、時系列に沿って視覚化するという点では業務フロー図とかシーケンス図も同じ思想だよね」など、ちょっとした話題を日常的に流すことで、HCDが自然と目に入る環境を作っていました。

全社向けのオウンドメディア「アピリッツスピリッツ(https://spirits.appirits.com/)」では、HCDの勉強会や取り組みを記事として積極的に発信しています。ウメムラさんの「HCDトレーニングセンター~ウメムラボ~」では「HCDの可能性」というテーマ(https://spirits.appirits.com/event/study/26395/)で勉強会を行い、社内外の人がHCDの考え方に触れられるようにしています。こうして定期的にコンテンツ発信を継続する事は、文化として残していくうえで重要だと感じています。

12.サービスデザイン談話室とオープンカレッジ

HCDやUXの取り組みの中で、特に紹介しておきたい活動があれば教えてください。

大きく二つあります。

一つは、渋谷オフィスを活用したオープンカレッジとしての「学びの場所」です。オフラインイベントを実施したい事業者と、学びたい人をつなぎ、社内外問わずデジタル人材の育成につながる勉強会・イベントを数多く開催しています。デザインに限らず、エンジニアリングやマーケティング、アナリティクスなど幅広いテーマを扱っています。

もう一つが、私が中心となって行っている「サービスデザイン談話室」です。

ここでは、

 ● 新規事業をどう考えればよいか分からない
 ● デザイン部門やHCDの組織を立ち上げたいが、何から着手すべきか悩んでいる
 ● プロジェクト進行や上司からの期待にプレッシャーを感じている

といった相談を、フラットにお受けしています。

「一度判断を誤ると責められてしまう」「期限に追われて冷静に考えづらい」などのストレスを抱える方の心理的安全を確保する、荷物を少しでも軽くする“談話の場”として機能させたいと考えています。同時に、私たちとしてもサービスデザインに関する生の悩みやニーズを知る場になっています。 

13.今後に向けて

最後に、HCDやUXに関する今後の展望などがあればお聞かせください。

HCD基礎検定はあくまで「基礎知識」の試験ですが、それがきっかけとなって、社内にユーザー目線を大切にするスタンスに対する共通言語が生まれたことは非常に大きいと感じています。

今後は、アンケートや実際のプロジェクトを通じて、

 ● 案件獲得にどう貢献したか
 ● プロジェクトの成功にどのような影響があったか

を継続的に追いかけていきたいと考えています。

今回のHCD基礎検定の受験を推奨した背景として、これまで、エンジニアも、ディレクターも、デザイナーも、職種を超えてユーザー体験という一つの共通言語で語り合える組織になるための第一歩だと考えています。

また、オープンカレッジとして勉強会を加速して実施している最中です。加えて、これらの取組みの背景、関わったヒトに焦点を充てた発信をアピリッツスピリッツで行う事で、どのようにしてHCDやUXを浸透いったか等、同じ境遇の方々へアイデアのきっかけに繋がる内容にしていきたいと考えています。ぜひ引き続きフォローをお願いいたします。

ありがとうございました。本日は、大変興味深いお話をたくさんお聞かせいただきました。


藤崎 光 氏

株式会社アピリッツ
PM・サービスデザイン・UXプランナー

略歴:

大学ではUXデザインを専攻、人間工学と人間中心設計を学ぶ。
Webデザイナーとしてアピリッツに入社後、ディレクター、Webコンサルタント、営業とキャリアチェンジを経験。
デザイナー出身としての「UXデザイン」や「情報構造設計」の視点を持ちつつ、コンサルティング・営業提案を得意とする。
単なる制作や開発に留まらず、顧客の課題に対して「どのように解決するか」を上流工程から一貫して考え、実行まで支援できる点が強み。 


植田 実 氏

株式会社アピリッツ
採用・カルチャー醸成_CCO室

略歴:

外資金融業界で企業パーパスとMVVの浸透に共感し入社。
本社総合職として営業人事、申込管理の部門を経験。
その後、セーリング業界にて競技者へ挑戦。五輪最終選考など海外大会での経験を通じて、スポーツ(企業)×組織文化の可能性を見つける。
2024年9月にアピリッツのカルチャー醸成(CCO室)へ入社。
翌年より採用チームもジョインしエンジニア採用に加え、社内社外向けの広報「アピリッツスピリッツ」やオープンカレッジ勉強会「WBCカレッジ」を推進中。